コラム:十河信二とアメリカ(4)

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マシュー博士邸滞在の後に十河がお世話になったのは、郊外の小さな鉄道会社の実態を調査するために向かったロチェスターのスミス医師ご夫妻のお宅でした。ここでも、十河は家族の一員として手厚くもてなされました。

そして、さらにその後当時米国最大の製鉄会社であったU.S.スチールの重役オースティン氏のニュージャージーにあった家で2か月居候をすることになりました。

4-1.民主主義のコツ

十河は、ある日ダルトン・プラン(自学自習を重んじる教育法)を実践している小学校を見学しました。そこで子供たちは自分の意思で自由に絵を描いたり、本を読んだり、玩具をいじって遊んだりしていました。そばにいるのに何もしていない先生を不思議に思った十河は、先生はなにをするのか尋ねます。その返事を聞いて、民主主義のコツはここにあるのだと納得しました。

この学校の先生が一番むずかしい。こうやって自由にさせているうちに子供の性格やら才能やらを発見し、それを育成してゆくのだから容易じゃない。この方式の欠陥はよい先生を得ることが困難だということなのです。

4-2.日本は何を求めているのか

十河が行った別の小学校では、歴史の授業を見せてもらいました。そこでは、先生と生徒の間でこんなやりとりがされました。

「今フランスからお客が来ているが誰か」

「ジョフレーであります。ジョフレーはアメリカから兵隊と武器弾薬を供給してほしいといっています」

「よろしい、イギリスからは誰が来ているか。その使命は」

「バルフォアであります。兵隊とお金と武器弾薬とがほしいそうです」

「日本から誰が来ているか」

「石井菊次郎大使です」

「なにしに来たか」

「石井大使はきのうサンフランシスコに上陸したばかりでまだわかりません」

そこで、一人の生徒がこう言います。

先生そこに日本のお客がいますが、日本がなにを求めているのか聞いて下さい。

十河は石井大使の訪米の目的を把握していたわけではなかったので躊躇していましたが、促されてこのように話します。

日本は兵隊もいらない、武器もいらない、お金もいらない、日本のほしいものはアメリカの友情である。

その場は皆の笑いに包まれ、和やかな空気が流れました。

4-3.留学から得たもの

十河はこうした1年間のアメリカ留学を振り返って、こう語りました。

人情に国境はないといっても、よくもこうやさしく、いたわりの心持をもって導いてくれるものだと幾度感激したかわからぬほどであります。教養の高い人達には人種的偏見というものがありません。すべての人に平等であり、常に愛情に生きているということをしみじみと体験しました。

<完>

 

アイキャッチ画像:日本から贈られたワシントンD.C.の桜、By ‘Matthew G. Bisanz, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=9891443

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