PEの歴史(1) : Pacific Electric の誕生前夜

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20世紀初頭、「世界最大の電車ネットワーク」と呼ばれた Pacific Electric(パシフィック・エレクトリック)。米国カリフォルニア州で、総延長約800キロにも及ぶ巨大な鉄道網を有する会社はどのようにして誕生したのでしょうか。

1.電気鉄道ができるまで

ロサンゼルス市内の鉄道は、1874年に始まりました。その誕生は、文字通りの馬力によるもので、1頭またはそれ以上の馬がオープンベンチの客車を引っ張る形での馬車鉄道でした。1880年代になると、それらの一部はサンフランシスコにあるようなケーブルカーへと置き換えられ、1890年代になるとそれらはすべて路面電車へと変わって行きました。

2.電気鉄道の発展

1890年代前半には、Thaddeus Lowe 教授がロサンゼルス中心部の北に位置する Pasadena(パサデナ)に驚異的な山岳鉄道を作りました。それは、Pasadena and Mount Wilson Railway Company(パサデナ&ウィルソン山鉄道会社)= Mt.Lowe Railway(Mt.Lowe 鉄道)です。

3,000 feet(約1km)で 1,300 feet(約433m)の高さを最大 62% のきつい傾斜で登りきるケーブルカーと、山頂にある Echo Mountain House と呼ばれた観光施設に乗客を運ぶ狭軌(日本の在来線と同じ3ft.6in.=1,067mm軌間)鉄道が含まれていました。山頂には天文台もありました。全長3.57マイル(約5.7キロ)の山岳鉄道は岩山の縁のぎりぎりを縫って進むため、そのほぼすべてがカーブしており、カーブを曲がるたびに乗客の歓声が沸いたそうです。

Mt. Lowe Railway
1893年7月4日の Mt.Lowe 鉄道開通初日

 

また、”inter urban”(インターアーバン)と呼ばれる、市内中心部と郊外を結ぶ最初の電気鉄道が誕生したのは1895年のことでした。それは Pasadena & Los Angeles Electric Railway(パサデナ&ロサンゼルス電気鉄道、P&LA)で、当時観光名所であった South Pasadena(南パサデナ)のダチョウ牧場へ乗客を運びました。

3.鉄道会社の乱立

その後、ロサンゼルスとその周辺地域には幾つもの電気鉄道会社が乱立して行きました。そんな中、ある一人の人物がこれらの鉄道会社をまとめ上げるために重要な役割を果たすことになります。

 

Images of Rail : PACIFIC ELECTRIC RED CARS by Jim Walker, Arcadia Publishing

 

Ryu Takahashi
Ryu Takahashihttps://coqtez.blog
髙橋 竜(たかはし りゅう) 横浜市生まれ、ロサンゼルス育ちの48歳。法政大学経済学部卒。所属は、某外資系IT企業と COQTEZ ブランドをプロデュースする合同会社ビイエルテイ 代表。ボランティアとして、福岡市に保存されている国鉄ブルートレイン車両「ナハネフ22 1007」の保存修復活動を2009年より継続中(任意団体 ナハネフ22 1007修復プロジェクト委員会 会長)。横浜市在住。趣味は鉄道(メインはやはり国鉄)、料理、ドラム。愛が込められたプロダクトデザインとしての国鉄車両とあらゆる意味での持続可能性が高い経営という組み合わせの実現を夢見ています。

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