コラム:十河信二とアメリカ(2)

十河信二は自身の米国留学について、出発前に友人たちへ本当の目的をこのように話しました。

自分はなにかしら将来米国と戦争にでもまるようなことがありはしないかという予感がしてならない。その時にどうしたらよいかということを研究するのが、真目的である

留学前の十河は、アメリカ国民の多くはお金と物にしか興味がなくて愛国心などはないのではないかと想像していました。また、女性たちは贅沢で威張ってばかりいるのではないかとも思っていました。とはいえ、その考えが正しいのかどうか、自分の目でアメリカ人の家庭生活や信仰態度などを確かめようとしたのです。

2-1.英語力

十河信二は中学生の頃、登校前に早起きしてアメリカ帰りの先生の家で英語を学んだおかげで語学には強くなりましたが、留学生活を送るとなるとやはり現地で英語教師が必要となりました。そして、訪れたニューヨークのYMCA本部で十河に一人の女性が紹介されます。

2-2.ジュヌヴィエーヴ・コールフィールド

Genevieve Caulfield at Saigon

「十河信二」 十河信二傅刊行会 p.133

紹介されたのは Genevieve Caulfield という、コロンビア大学出身の当時29歳の盲目の女性でした。彼女は14歳のときに病気のために失明してしまいましたが、特別扱いされることを拒んでふつうの人として生活し、記者をしながら日本人に英語を教えていました。そして日本の歴史にとても詳しいことに、十河も大変驚いたといいます。

十河は、コールフィールド女史に下宿先を紹介してほしいと頼みました。すると彼女は十河にこう尋ねます。

「アメリカ女性のファースト・インプレッションはいかがですか?」

「アメリカ女性の立居振舞は嫌いだ。静かな日本女性とは比較にならない」

「大嫌いだというファースト・インプレッションには責任を感じます。あなたが大好きになりそうな家庭を紹介しましょう」

こうして、十河はとある博物学専攻の博士の家にお世話になることになりました。

 2-3.絆

コールフィールド女史は後に英語教師として来日し、日本人女性を養子に迎えました。さらにその後80歳を過ぎてもタイやベトナムに渡り盲学校を設立するなど、晩年になっても大変聡明で活発な活動をなさいました。それは大正12 (1923) 年に関東大震災が発生したときにちょうど日本にいて、彼女がタイの留学生を世話したことがきっかけでした。

昭和43 (1968) 年1月のことです。サイゴンから女史の手紙を受け取った十河は、その直後に北ベトナム軍が大攻撃を開始したというニュースを聞いて慌てて電話で安否を確かめさせました。すると、偶然その前日にバンコクに向けて旅立っていたということを知り、十河は「神様の御加護だ」と喜びました。

 

「十河信二」 十河信二傅刊行会

「別冊 十河信二」 十河信二傅刊行会

「不屈の春雷(上) 十河信二とその時代」 牧 久著 ウェッジ

「夢の超特急ひかり号が走った 十河信二伝」 つだゆみ著 西日本出版社

「有法子 十河信二自伝」 十河信二著 ウェッジ文庫