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コラム:国鉄のデザイナー

国鉄車両に見られた、日本の伝統と情景にマッチした美しい色合いや数々のトレインマーク、重厚感があり視認性に優れた各種表記文字。これらすべては、日本画を熟知した、ある一人のデザイナーの手によるものであったことをご存知ですか?

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コラム:十河信二とアメリカ(4)

マシュー博士邸滞在の後に十河がお世話になったのは、郊外の小さな鉄道会社の実態を調査するために向かったロチェスターのスミス医師ご夫妻のお宅でした。ここでも、十河は家族の一員として手厚くもてなされました。

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コラム:十河信二とアメリカ(2)

十河信二は自身の米国留学について、出発前に友人たちへ本当の目的をこのように話しました。 自分はなにかしら将来米国と戦争にでもまるようなことがありはしないかという予感がしてならない。その時にどうしたらよいかということを研究 […]

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コラム:十河信二と在来線

武蔵野線路線図

「新幹線の父」である十河信二は、国鉄総裁時代に当然のことながら東海道新幹線の建設を最優先にしました。では、十河にとって在来線とはどのような位置付けだったのでしょうか。

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コラム:島技師長の設計思想

プロダクトつまり工業製品は、その設計者に似るといわれます。新幹線だけでなく、有名な蒸気機関車「デゴイチ」ことD51も島技師長の作品です。そのデザインには、合理的で控えめかつシンプルな美しさのなかに格調の高さを感じます。

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国鉄の歴史(20):巨額債務のはじまり

十河総裁なき後の国鉄は、昭和39(1964)年度決算から赤字へと転落し、その後二度と黒字になることはありませんでした。この年、収入の6,002億円に対して支出が300億円上回りました。そして、翌年以降さらに毎年雪だるまの […]