コラム:十河信二と在来線

動脈

「新幹線の父」である十河信二は、国鉄総裁時代に当然のことながら東海道新幹線の建設を最優先にしました。では、十河にとって在来線とはどのような位置付けだったのでしょうか。

1.日本国という体とその血管

十河総裁は、ある時国会で「総裁は新幹線ばかりやっていて、地方線をつくらないではないか」という質問を受けました。確かに、国鉄の歴史(5):「君たちに夢を」 で取り上げたように、単なる政治的な目的での鉄道路線の建設には反対でした。十河総裁は、こう答えました。

「私の尊敬する後藤新平総裁は医者でした。後藤総裁は人間の身体の血管は心臓に近づくほど太くなっている。心臓の周辺が太くなっていることが、端々の毛細血管にとって非常によいことだそうです。だから、東京~大阪の大動脈が太いということは、結局は地方の線区も、それによって裨益します。東海道沿線は、全国総人口の約40%を占めています。工業生産額も全国の60%以上を占める製造工業の中心地帯であります。だからここに、いくら設備投資してもペイすると思います。」

血管

2.具体的な方針

十河は総裁は、赤字線の建設を極力避けました。鉄道建設審議会での検討を経て国会が決めたローカル線建設予算95億円のうち、半分は建設を中止しました。そして、そこから捻出した予算を新幹線の建設のために回したのです。しかしながら、国会で決定された予算を国鉄内部とはいえ勝手に別の用途に使ってしまうわけですから、当時の政治家や運輸省から見ればとんでもないことだと思われても仕方ありません。

とはいえ、十河総裁のこのような総合的な判断と実行力がなければ、新幹線を建設することは事実上不可能でした。同時に、予算だけでなく、技術者も在来線から新幹線に回す必要がありました。十河総裁にはこの時点ですでに、いずれ将来ローカル線の輸送需要が減少し、過疎地の主な交通手段は自動車にとって代わることになるだろうという読みがあったのです。それで、国鉄は基本的に新幹線建設に徹するという方針で進みましたが、これが我田引鉄の政治家の目の敵になる理由ともなってしまったのです。

3.建設された新線

十河総裁の時代に全部のローカル線の建設を中止したわけではありませんでした。工事を継続している線、幹線の補強になる線、また客観的に見て将来プラスになると判断できる路線は建設されました。その中には、湖西線、武蔵野線、根岸線などが含まれます。

 

「十河信二」 十河信二傅刊行会