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コラム:ビジネス特急「こだま」の経営

昭和33 (1958) 年に国鉄が約9億5千万円の資本を投下して開発した、151系ビジネス特急電車「こだま」。そこで培われた技術は後の東海道新幹線0系電車の誕生への重要な基礎となりましたが、この列車は国鉄の経営面においても大成功を収めました。

設備投資計画

ビジネス特急「こだま」は、その計画段階で東京-大阪間を従来より1時間短い6時間30分で結ぶことを目標としていました。しかし、そのためには線路や関連設備に改良工事を施す必要があり、費用は約9億円と見積もられていました。

しかしながら、この金額は予算として確保することが難しいため、運転条件を幾つか検討することになりました。その結果、投資額約4億円で所要時間がそれまでより40分ほど短縮する6時間50分とする案を採用することになりました。

費用の面から運転条件を検討し、最終的に絞られた3案。結果として、赤枠で囲った第3案で決まった。- 「国鉄特急電車物語」 福原俊一著 JTBパブリッシング p.76

運転ダイヤ

運転ダイヤは、毎日運転の一日2往復(うち1往復は神戸発着)とするためにそれぞれ8両からなる2編成+予備編成1編成の合計3編成が製造されました。また東京(もしくは大阪)まで日帰り出張を可能にするため、往路はそれぞれ早朝に出発して復路は夕方に出発する設定としましたが、これには少なからず批判がありました。

というのは、長距離列車は朝ゆっくり出発して夜それほど遅くなる前に目的地に到着するものという考え方が当時一般的であったからです。それまでのダイヤと異なる早朝深夜の発着では利用率が下がるのではないかという懸念もありました。

しかしながら、

ビジネスのために時間を有効に使わなければならない乗客には、その方が喜ばれる。現に航空機(東京―大阪間)の早朝深夜発着便は、高い利用率を示しているではないか。

という島技師長の説得により実現することになりました。

赤枠内が早朝/深夜便。他の時間帯と比較しても、利用率は十分高いと言える。-「国鉄特急電車物語」 福原俊一著 JTBパブリッシング p.76

 

「国鉄特急電車物語」 福原俊一著 JTBパブリッシング p.76

収支

昭和33 (1958) 年11月1日に営業運転を開始したビジネス特急の乗車率は、想定されていた乗車率85%をはるかに上回る95%となりました。投下資本約9億5千万円に対して初年度の収益は当初の予想を1割以上も多い約9億9千万円となり、たった1年で投資全額を回収する快挙を成し遂げたのです。

「国鉄特急電車物語」 福原俊一著 JTBパブリッシング p.83

 

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アイキャッチ画像:「国鉄特急電車物語」 福原俊一著 JTBパブリッシング p.24  [「トラベルフォトニュース」(昭和35年5月25日発行) に紹介された「こだま」とつばめ」/提供:星 晃]

「ビジネス特急〈こだま〉を走らせた男たち」 福原俊一著 JTB

「国鉄特急電車物語」 福原俊一著 JTBパブリッシング