History

国鉄の歴史(13):世界銀行

結局、十河総裁の「かならず国民のためになる」という強い信念のもと、総額1,972億円の予算により国会をだます格好で通過した新幹線建設予算ですが、絶対に足りなくなることは明らかでした。そこで、ある秘策が浮上します。

13-1.外からの縛り

スタートを切った新幹線建設計画は5,6年という長期になれば、次々と移り変わる政権により頓挫するリスクが十分にありました。そこで、当時の大蔵大臣(後の第61~63代総理大臣)であり鉄道省の元官僚であった佐藤栄作は、世界銀行(国際復興開発銀行)から融資を受けるというアイデアを十河総裁に持ちかけます。

この融資額の大きさは問題ではなく、外国からお金を借りたという既成事実を作ることによって日本政府に縛りをかけることが狙いでした。

13-2.証明済みの技術

世界銀行が設立された目的は、第二次世界大戦による戦災からの復興と発展途上国の開発援助であり、政府が事業の完成を保証する必要がありました。

ただし、そこには「技術的にすでに証明済みの技術に対して」支援を行うという条件もあったのです。そのため、最高速度200キロを超える世界初の夢の超特急を作るという目的で援助を受けるのは到底困難と思われました。十河総裁と島技師長は、それでも世界銀行からの融資を受けることに挑戦しました。

13-3.ローゼン 世界銀行副総裁

当時の世界銀行副総裁であったローゼンは、案の定

世界銀行は低開発国に支援するところで、日本は無理だ。それに、日本に新幹線を作るような技術はない。

と突っぱねます。そこで、十河総裁は言いました。

先進国で斜陽産業の鉄道を作る必要があるということは、日本も後進国ということになる。後進国ほど進んだ鉄道を作るのです。だから融資してほしい。

島技師長も自らローゼン副総裁を国鉄技術研究所に案内して、新幹線の技術が在来線での技術の積み重ねであることを粘り強く説明したのです。

そしてついに、昭和36(1961)年5月2日、世界銀行から8,000万ドル(当時のレートで約288億円)の融資が決まり、米国ワシントンで正式に調印式が行われました。

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国鉄の歴史(14):東海道新幹線建設

 

「夢の超特急ひかり号が走った 十河信二伝」 つだゆみ著 西日本出版社

「不屈の春雷(下) 十河信二とその時代」 牧 久著 ウェッジ

写真:The World Bank Group headquarters building in Washington, D.C. Designed by Kohn Pedersen Fox.

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